HIDは他のライトに比べて格別

バラストで電力を高めてやってから、ケルビン数のたかい光を発する事ができるのがHIDである。他のライトは安くていいものはたくさんあるがやはりオススメはHIDである。最近では純正からHIDを採用している車は多い。HIDの良さは明るくより白い光を出す事ができるということと、カッコいいという事である。ライトをつける瞬間のHIDらしい光の具合は格別である。
我が家のリビングは、シャンデリア風の照明である。電球が6個必要なものである。数年使っていくうちに、電球が、一個切れ、また一個切れと切れていく都度、この機会だからと、LEDの電球に変えていくことにした。LEDのうたい文句は、電気代がかからず、10年は持つというのもだった。しかし、LED電球に付け替えて、1週間足らずで、切れてしまった。そんなLED電球がこれまで、3個。10年持つはずじゃないのか…と、LED電球が高額なこともあり、やや腹が立ったので、いろいろ調べてみた。すると、LEDは、まだ発展途上であること。LED電球は、まだ安定した物を作れず、不良品もみられるとのこと。そういわれても、納得がいくものではないが、最近では、いろいろな形や色合いも出てきたり、何と言っても、以前に比べて、格安なものも登場してきた。まだまだ発展途上だったんだ。これからは、大丈夫なのかな…と、電球という小さなものから、いろいろ勉強をさせてもらった気分の今日この頃である。
技術的には先を行っていたのかもしれません...

とうとうスペースシャトルも最終ミッションとなってしまいましたが、実は旧ソビエト連邦でも「Buran」と呼ばれる似たような宇宙船が開発されていたのをご存知でしたか? 早くは1988年11月に初の試験的な打上げが行なわれ、なんとすべて無人運転のまま地球の周回軌道を回って正確にカザフスタンのバイコヌール宇宙基地へと帰還するという、当時としてはかなりの離れ技をやってのけ、そのまま有人宇宙船として開発を完成させてミッションを担うはずだったんですよね。

ところが、時代はソ連崩壊、冷戦終結へと進み、Buranの開発計画は頓挫して再び宇宙へと向かうことはなくなってしまいました。

Buranが開発されていた主な理由の1つに、宇宙からの核攻撃がありました。地球の周回軌道を回りながら、宇宙空間へと運ばれた核兵器で地上のどこかにピンポイントで狙いを定めれば、もう絶対に防ぎようがないでしょう?
そんなふうに今だからこそ笑いながら話してくれたロシアのオレッグ・コトフ宇宙飛行士ですけど、他にもBuranの優れた特徴といたしまして、いつでも乗組員が脱出できるように設計された安全な緊急避難システムの搭載を挙げています。もし本当に完成していれば、スペースシャトルよりも安全性に優れる宇宙船として脚光を浴びたりしたのかもしれませんよね〜

ちなみにオレッグ・コトフ宇宙飛行士は、いよいよ引退を迎えるスペースシャトルについて尋ねられると、その決断は正しいと述べつつ、「より安全性に優れるソユーズがあるのだから何の心配もする必要がない」と自信満々で語ったのだとか。ついにソユーズが地球と宇宙の行き来を独占しそうな時代の到来ですね。


参考サイト:http://www.newscientist.com/article/dn20664-cosmonaut-soviet-space-shuttle-was-safer-than-nasas.html[New Scientist]

湯木進悟

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 軽妙な語り口のテレビリポーターとして人気を集めたタレントの宮尾すすむ(本名・山口進)さんが、肺炎のため死去した。77歳だった。社長宅を訪れ成功談や苦労話を聞く「ああ日本の社長」の名物コーナーが人気を呼び、「ハイッ!」と叫び、威勢良く右手のひらを出すトレードマークには秘密があった。

 13日夜、都内で会見した長男でタレントの山口雅史(35)によると、宮尾さんは6月中旬に、食道がんと診断され「家族には余命3カ月と告げられていました」という。先週末には意識が混濁。12日午後、山口が実況するプロレスのVTRが流れる中、息を引き取った。

 宮尾さんは、鹿児島県で衣料品店経営などを手がけた後、上京。漫談家の宮尾たか志に弟子入りして、歌謡ショーの司会者からリポーターに。ワイドショーで頭角を現したころ、「手のひらを見せてもらった」というテレビ関係者は多い。

 民放ベテランスタッフが明かす。

 「とても腰の低い方なんですが、手のひらを見せるときだけは、自慢げに『ここがふくらんでいるだろう。運勢が良いんだよ』と。たしかに分厚くて特徴がありました。だから、社長宅を訪問しても『俺より金を稼ぎそうだ。縁起がいい』と喜ばれたようです」

 あの「ハイッ!」のポーズは、母親の仕草からヒントを得ながら、「縁起物の手の内をあえて見せる」という意味もあったようだ。

 「“日本の社長”のおかげで生活も豊かになり、レギュラー番組が増えた。笑いは取るが下ネタには走らないのがモットーでした」(プロダクション関係者)

 年の離れた日本航空の客室乗務員の明美さんと結婚。誕生日にはブランド物のバックや指輪をプレゼントするほどの愛妻家だったが、1994年、47歳で急逝。宮尾さんは一時入院するほど気力が衰えたという。

 「美しい奥さんで、宮尾さんのサポートもしていただけに憔悴ぶりは見るに忍びなかった。ひとり息子を残してくれたことが救い、とも話していました」(仕事仲間)

 2007年5月31日、乗用車を運転中に体調不良を訴えて他の車に接触。その際、硬膜下血腫が見つかった。完治したが、めったにテレビに登場しなくなった。

 「『しゃべりが歯切れ良くできなくなれば、僕は引退する』と以前から話していた。ダンディーな哲学をお持ちだった。引き際は、あえて見せたくなかったのでしょう」(先の民放スタッフ)

 日本を元気づける人が、またひとり去った。

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